茶の湯閑話


4:茶入(ちゃいれ)の話

茶の湯は、濃茶が一番であります。

それはまさに客と亭主の真剣勝負のようなものです。 薄茶の席の和やかな雰囲気に比べれば、濃茶の席は厳粛にして重厚、主客とも神経を張りつめ席に臨みます。 しかし、だからといって息苦しさや重苦しさがあるわけではありません。 そこにあるのは、ただ清浄な空気であります。

 どうも形而上過ぎて難しいですね。 あまり難しいことを書くと私もボロを出してしまいますので、簡単に書きます。 お薄の席と違い、お濃茶の席では、亭主は一言も発しませんし、客も余計なことは話をしません。 無言の静けさの中で亭主は茶を練り、客は亭主の心入れを感じていきます。 そのお茶をのんではじめて主客はことばを交わすのです。 それだけ、濃茶の席は重々しい席と言えるのですね。

さてこの席での主役の一つに茶入れがあげられます。 茶入れとは小さな壷のようなもので、仕服と呼ばれるひも付きの布の袋に入れられています。 濃茶を練る抹茶を入れておく入れ物です。

もともとこれは大陸で、種や香辛料、そして化粧品を入れる生活用品としての用いられていたものでした。 茶を日本へ紹介した栄西という僧侶がこの壷に茶の種を入れてきたのが日本へ茶入れが渡った最初といわれております。 つまり茶入れは見立ての道具(本来の目的とは違った使い方で茶の湯道具に用いること)として使われるようになったわけです。 その茶入れ達が、戦国時代から安土桃山の時代には一つの国と同じだけの価値があるものとして珍重されたことは皆さんご存じの事と思います。

 これらの茶入れのうち、特に見目の素晴らしい物は、時代から時代へ、誰から誰の手に渡ったのかほとんどのものがその消息がわかっており、いろんなエピソードや持ち主に因んで、様々な銘(名前)がつけられ、現在に語り継がれております。

また、これらは、小堀遠州や、松平不昧の手によって、大名物(おおめいぶつ)や名物、中興名物(ちゅうこうめいぶつ)というものに分類されました。

ここでは、この茶入れの区別の仕方を中心に少しお話ししましょう。

まず、茶入れの種類を産地によって分けてみます。 


左の図をご覧いただくとおわかりの通り、まず、唐物(からもの)と和物と島物の三種類に大別されます。(参考:茶器とその扱い 佐々木三味著)

唐物とは中国で作られた茶入のことで、漢作唐物と単なる唐物があります。 漢作というのは漢の時代の作品と言うよりは、時代的にかなり古いものと言う意味合いで使用します。 単に唐物と呼ぶものには、純粋に中国で焼かれたものと、中国の土を日本に持ってきて日本で焼いたものがあります。

和物は鎌倉時代以降に日本で焼かれたものですが、瀬戸だけは別格扱いとしています。 これは、先に述べた日本で焼かれた唐物というのが、瀬戸の藤四郎(正式には加藤四郎左衛門景正)という人物が中国の土を持って瀬戸で焼いたところから始まっています。

島物というのは、それ以外の窯で焼かれたものを包含します。とは言え、その種類も少なく見るべき物も余りありませんので、それほど重要視されていません。

それでは、この分類をふまえた上で、和物について、瀬戸を中心にもう少し詳しく触れてみます。 瀬戸窯の祖は前出の籐四郎と言われておりますが、この籐四郎は、隠元禅師に付いて宋にへ渡り、そこで焼き物の技術を身につけたのであります。 中国で籐四郎が焼いた茶入れは唐物と呼ばれます。 また中国の土を日本へ持ってかえって日本で焼いた物も唐物と呼ばれております。これらは特に区別を付けるために籐四郎唐物と呼ばれる場合もあります。

籐四郎が瀬戸で窯を開き瀬戸の土を使って焼いたものを瓶子窯と呼びます。 また、晩年は出家して春慶と称しましたので、晩年の作は特に春慶と呼ばれています。 くわえて、それ以前に瀬戸で細々と焼かれていたものは古瀬戸(ふるせと(こせととも呼ぶ場合がある))と呼んでいます。

その後の作は本窯と呼ばれ、中でも二代籐四郎の作を真中古と呼びます。 籐四郎と呼ぶ場合もあります。 注意すべき事は単に「籐四郎」と呼ばれる物は二代目の作品であるということです。 三代目籐四郎の作は金華山と呼ばれます。 四代目籐四郎の作が破風窯 と呼ばれています。 その後五代から十三代までを後窯と呼びます。 
このように和物の中でも、瀬戸は特に唐物に近い扱いをすることになっています。

その他の地方で焼かれた物が国焼ですが、中でも京焼きは別格とされております。 また楽焼きは利休が特に好んで長次郎に焼かせたものが始まりですが、これも一つのジャンルを持っています。 御庭焼というのは、様々な大名が自分の領内や屋敷内で陶工に焼かせた物です。

では次に大名物(おおめいぶつ)、名物、中興名物という分け方について簡単に説明いたします。
大名物というのは、漢作唐物で足利義政から利休時代の茶入れのうち伝来の明確なものが選ばれております。 次に名物とは千利休時代の茶入れで唐物や瀬戸で焼かれたもの、しかも所持伝来の明確な物が選ばれています。 中興名物とは、小堀遠州が瀬戸窯に限らず、独自の鑑定を以て、新作のうち特に優れている物を選んだものです。 それぞれに何十種類とありますが、茶人としては、このうちの一個でも所持するのが、かなわぬ事とは知りながら、最大の夢であります。

そんな古くさい道具の何処が良いのかわからない、という方も多いと思います。 実際それが正解かも知れません。 でも、その古さこそが、侘びであり寂びなんですね。 道具というのは使ってこそ味がでてくるものです。 数百年の時を経ていろんな人になでられ、使われてきた茶入れだからこそ得も言われぬ深みがあるわけですね。

普通の茶席ではそういった名物や唐物はでてくることは滅多にありませんが(ずっと上のお点前でしか使いませんから....)、でも、あなたがもし濃茶の席に招かれたら、そで用いられる茶入れは、ご亭主の思い入れがたっぷりしみこんでいる物と思ってまちがいがありません。 心して拝見させていただきましょう。



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