口切り【くちきり】
11月、その年の炉が開かれたとき、その年の五月に摘んで茶壷に詰めておいた茶を初めて挽いて飲むことを習わしとしている。この保管していた壷の封印を切って今年のお茶を取り出すためにこれを口切りという。またこの茶事は口切りの茶事という。壷の中には濃茶に用いる分を紙袋に詰め壷の中央に入れ、回りを薄茶に用いる茶葉で埋めるのである。
黒文字【くろもじ】
木の一種。清涼な強い香りを発する木で人里に近い雑木林に生えている。これを削って菓子をとる箸や、楊枝として用いる。そのため、楊枝そのものを黒文字と称する場合もある。 乾燥すると反り返ってしまうため使う直前に削るのが理想であるが、反ってしまった場合は水につけて充分湿らせて撓めるとよい。
建水【けんすい】
点前の道具の一つ。茶碗を清めたときのお湯や水を捨てる容器。従ってあまり客の目に触れることが少ない道具である。そのせいか、陶磁器の他に木製、金属製など多彩な素材を用い、遊び心ある物も多い。
濃茶【こいちゃ】
薄茶に対する。お茶は濃茶を本式とする。 通常、我々が想像する抹茶は薄茶であるが、これは茶の量を多くし、ドロドロの状態を喫する。複数の人数で回し飲みが基本である。
香合【こうごう】
香を入れておく容器。香は、木物と練り香の2種に大別される。木物は香木の薄い切片として用いる。通常は白檀などを使用。練り香は、木の粉や動物性の香を密などで練り上げた物である。練り香は基本的に陶磁器の香合を使用し、炉の時の用いる。木物は風炉の時に用いる。(詳しくは
こちらの香の話を参照)
五山【ござん】
1330年頃、臨済宗官寺の制度(言うなれば公的機関としての寺)として、中国をまねて五山(五ヵ寺)の制定が行わた。 京都五山は一位から順に、天龍寺・相国寺(しょうこくじ)・建仁寺・東福寺・万寿寺の五つ。 その上位に南禅寺と大徳寺が五山の上として位置づけられた。(詳しくは
こちらの大徳寺の話を参照)
呉洲【ごす】
陶磁器に青色の発色をする釉薬で絵付けをされたもの。 またはその釉薬そのものを指す場合もある。コバルト化合物である。また、赤色を主とした呉洲赤絵という手もある。
後炭【ごずみ】
茶事(正午の茶事)では濃茶を点てる前に必ず炭をつぎ足す。これを初炭という。これに対比して、濃茶が終わり、薄茶に移る前に再度炭をつぎ足すが、これを後炭という。しかし初炭の炭が残っていれば無理をして炭をつがない場合もあるし、客から続けて薄茶を所望する場合もある。
小茶巾【こちゃきん】
通常の茶巾よりも小さめのもので、客が茶事に赴くときに持参する。濃茶を飲んだ跡、飲み口を清めるのに使用する。現在は紙茶巾がこれの代用として用いられる。
五徳【ごとく】
炉や、風炉の中に据えられ、釜を載せるもの。 通常、爪が三本あってその向きも決められている。三本の爪が一つの輪にくっついているが、風炉の五徳はこの輪の一カ所(手前側)が切れている。およそ目立たない物だが、この高さによって風炉や炉と釜のバランスが決まるので、その位置合わせは慎重を要する。
好み【このみ】
流派の家元や数寄者が自分の好みで道具をしつらえた物。 利休好み とか 宗旦好み とか称する。 各種の道具から、お茶にまで様々な好みがある。 これらを一通り憶えておくことも茶人として必要なことである。
古帛紗【こぶくさ】
帛紗より小さく約五寸角のもの。 今の大きさになる前はこれが一般的な帛紗であった。現在は、水屋からお茶を出す時に茶碗を載せたり、道具を拝見するときに使ったり、濃茶を飲むときに使用する。
胡粉【ごふん】
貝を粉末状にしたもの。白い粉である。 これを練って、道具の装飾(置き上げ)などに用いる。また、つつじの小枝を炭にしたものに塗って
枝炭として用いる。
小堀遠州【こぼりえんしゅう】1579〜1647
主に古田織部に茶を学ぶ。教養が深く、特に建築、作庭を得意としたため、各種の作事奉行を徳川幕府から命じられている。また、徳川家光の茶道師範も勤めた。遠州流は遠州が武士であったために比較的男性的な所作が伝わっている。
遠州七窯などは遠州が個別に指導した古い窯である。大徳寺塔頭孤篷庵を建立した。
小間【こま】
茶室の基本は四畳半である。これより小さい茶室は小間と呼ばれる。逆に大きいものは広間と呼ぶ。とくにわび茶では草庵が好まれるが、この場合の茶室はほとんどが小間である。広間と小間では手前や道具に若干の違いがあるので気をつけなければならない。
今日庵【こんにちあん】
裏千家を代表する茶室。 裏千家そのものを指す場合もある。宗旦が隠居した際に建設した一畳台目向切りで向こう板が入れてある茶室である。