新潟・木曽がむしゃら釣行記その9

「木曽講座OLM」後編


2000年6月4日(日)
天気:晴れ





名幹事、山男魚さん
素面の山男魚さんなんて滅多に見られない^^;
「みんな元気でね」

明けて6月4日は快晴だった。

6時半に目を覚ますと、山男魚さんはもう起きていた。そしてボチボチと少しづつ起きてくるが、釣りに行っている人は誰もいない。みんな昨日の宴会で力を使い果たしたらしい。

いや、例外がいた。クロさんと1Qさん、そして白瀧さんだけは元気に釣りに行ったらしい。

私も正直、虎になりきって連日精力的に竿を出そうと思ったが、あの木曽の初日の釣行で完全に燃え尽きてしまっていた。(と、書けば格好もつくが、早い話がくたびれきっていたんだけどね^^;)

山形を出発してから、はや5日目。今思い返せば、息つくひまもなくあっという間に通り過ぎた。そしていま、この木曽釣行の大団円を迎えようとしている。

朝食を食べ終え、皆が三々五々帰り支度を始める。今回の幹事である山男魚さんにはお世話になりっぱなしであった。

昨夜書き忘れたが、実は闇に乗じて山男魚さんのハックルコレクションの大争奪大会が展開された。山男魚さんは気前が良いものだから、なんぼでも持って行け、と勧めてくれる。

ワタシはいい気になって、たくさんの種類の#1やシグネチャのハックルをブチブチ引き抜いてかなりの量をもらってしまったのだ。山男魚さんありがと〜。

午前9時、次の再会を約し(と言ってもほとんど人とは3週間後の東北OLMで逢うんだけど^^;)、別れを告げる。みんなどうもありがとう。パソ通っていいね、OLMっていいね、と改めて思いを新たにする瞬間である。


阿寺の看板を眺める鵜住居さんと式部さん
「帰りは又長かった〜」

帰途につく前に、鵜住居さん、式部さんに阿寺渓谷を見学に連れていってもらう。

式部さんの弁によれば今日は思ったほど水が青く澄んでいないという。それでも私にとっては綺麗な流れだ。

ここがダムによって完全に破壊されてしまうと聞いて何かしらやりきれなさを感じていたが、とりあず、ダム建設もしばらく見合わせることとなったという。一安心だ。

木曽の渓は全体的に白っぽい石が多い。そして水は限りなく透明だ。山形の渓も負けず劣らず水は清冽である。しかし石の色はここまで白いところはあまりない。この二日間入った渓は総じて明るい印象があった。

水の深さがつかめないと鵜住居さん
決して「ナイフはあそこへ捨てた」と供述しているのではない^^;
鵜住居さんは言う。「あまりの水の綺麗さに深さの距離感がつかめない」と。

なるほどそうかも知れない。透明さと水中での光の屈折で現実より浅く見えてしまう。足を踏み入れてみて「おい、おい、話が違うぞ〜」と泡を食ってしまうことになる。

まっすぐ春日井の自宅へ向かう式部さんと別れ、鵜住居さんと温泉に向かう。なんか毎日違う温泉に入っている私だった。^^;

午前中から入る風呂は気持ちいい。で太陽の光を浴びながら入る露天風呂は最高だ。気持ちよく汗を流してから19号を北上する。

昨日の食堂の女将さんに勧められた朴葉巻きを木曽福島でしっかりおみやげに買って、鵜住居さんとは塩尻のインターの手前で別れた。

長野道に乗り、一路北陸道を目指す。しかし、北陸道に乗る前についに私は尽き果ててしまった。黒姫PAでちょっと横になるつもりが1時間も爆睡してしまったのだ。

とりあえず寝ぼけた頭を無理矢理すっきりさせて活動再開。北陸道に入り米山SAでイカ焼きを一気に喰い、北陸道を一気に走る。(^^;; やっと半分くらいだろうか。

新潟を過ぎ、113号線に入ったころはすっかり暗くなっていた。しかしカーブ続きの暗い山道をみんな凄いスピードで走っている。私の前に大型トラック2台、乗用車3台が走っていたが、みな時速90kmでカーブを駆け抜けていく。その最後尾を私もビュンビュンと付いていく。

このコンボイは関川村から小国まで快調に続いた。飯豊でこの車列に別れを告げ、飯豊から長井へ、そして長井から287号へ。 287号を長井から白鷹、朝日、大江と走る。もうこの辺は走り慣れた道である。

徐々に見慣れた街の灯が見えてくる。あー、やっと帰ってきた。 実感である。

午後9時、自宅着。 5日間に及ぶ新潟・木曽がむしゃら釣行は無事に終了した。仲間の友情、思いやりにはほんとうに感動した五日間でだった。

〜おわり〜


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