釣り人随想録 「萬星舎」 収録NO.012 

「そうめにすと倶楽部誕生秘話」その1

この文は筆者PLAが NIFTYserve FFISHS/MES18瀬音('96/7/4)に掲載した文を手直ししたものです



はじめに


この文章は、96年7月4日にNIFTY−serveの瀬音会議室(当時FFISHS・MES18)にアップしたものを基に書き直したものです。

当時の状況をお話しいたしますと、私はその前年11月に瀬音に入会、そこで初めて先輩である都筑師匠とお会いし、是非テンカラを教えていただきたいという私の希望で、翌96年の6月、一緒に釣行して、テンカラを教えて貰ったばかりでした。

また、「秀」さんもその年の5月に瀬音に入ってこられたばかりでした。

全国のあらゆる人が集まるネット上で、私と同じ寒河江在住(しかも家が2kmと離れていない)と言うこと、同じくテンカラを志しているということ、お互い平日(水曜)に釣行できるという偶然が重なり、話が大いに盛り上がっていた時期でもありました。

今ではこの二人、ボード上でも渓流でも、常にボケとツッコミのまさしくゴミのようなメッセージの応酬しかしていませんが、実は、何を隠そう出逢った頃からもうすでに二人でゴミを撒き散らしておりました。 その芸風は今も変わっておりません。なんとも進歩のない二人であります。 ま、何かこう因縁めいたお話ではありますが、人はこういう間柄を「腐れ縁」と呼んでいるようですな。

さて、ひょんなことから、出逢ったばかりと言っても過言ではないこの三人が、東北OLM(オフラインミーティング)第2弾を企画するということになりました。

ここにあるお話は、その会場の下見をするという名目で行われた釣行の顛末であり、それを瀬音にアップした文章です

この時食べた素麺が、堅めの盃ならぬ、契りの「素麺」となり、記念すべき「そうめにすと倶楽部」最初の釣行となったわけです。 読んでいただければ分かりますが、いかにもそうめにすと倶楽部らしい、ちと胡散臭い釣行となりました。

どうぞごゆっくりと最後までお読みください。(一部川の名前を伏せさせて頂きました)


「秀」さんと都筑さんと三人で、東北OLM2の下見に行ってきた。(都筑さんは、有休をとっての参加。 リキが入ってる。)
午前5時月布川と大瀬川出合の橋に集合して、神通峡に向かう。 約15分で現着。

早速、現場周辺でトイレ、水回り等の野営環境を確認。OLMを開催する場所としては一通り揃っているし、これならOK、一応合格とする。

空も晴れ渡り、「じゃ次は沢を探索して見るべか」と言うことで早速準備を整え沢へ降りて竿を出すことに。
水は若干の笹濁りがあるものの、ほとんど透明である。 でも、なんか変、なんだろう。よく見ると川床は一面砂ばかりで底石がほとんど見あたらない。
去年まではこんなことなかったのに、今年の冬の大雪のせいか、人為的なものなのか。原因は良く分からないが、いずれにしてもひどい状況だ

「でも上流はまだ良いかもね」楽天的な三人は、ほのかな希望をもって遡ってゆく。ところが、かれこれ2kmほど竿も出さずひたすら遡ってみるが、どこまで行っても砂床で、三人ともがっかり。ドッと疲れがでてきそう。 肝心の川がこれではOLMの会場としては不向きである。

このころ、晴れていた空には、三人の胸中同様に暗雲が垂れこめ始め、雷も鳴り出してきた。結局、三人はここで早々とOLM会場探しという大義名分を諦めて戻ることに。雨も降りだし、早々に撤退を始める。

さて、車に戻って7時半、まだ早いし、ここじゃどうしようもないと言う事でとりあえず移動を決め、一路県北へ向かうこととに。走り出した車に一段と強い雨が降りかかってくる。 それはまるで、この先我々に降り懸かる苦難を予告するかのようだった....

「いや、早めにあそこを脱出してきてよかったですね」

車中から霧の向こうに煙る月布川方面を見やれば、稲妻が数本光るのが見え、激しい雷鳴が轟き渡ってくる。 あんな所に未練たらしく残っていたら、今頃稲妻の直撃を受けていたかもしれない。クワバラ クワバラ

さて、曇り空ながら、県北へ向かう我々の車の頭上には雷雲もなく、順調に走行。 10時半、目的の沢に到着。 空は曇り、時折パラパラと小雨が降る程度。ここは都筑さんの推奨の沢であり、わたしが都筑さんの指導のもと、テンカラ初挑戦で初釣果をあげた思い出の沢である。 さすがに水曜日、先行の車など1台も見あたらない。

とりあえず合羽を着込み、準備を整え渓にはいる。 雨なのに水はものすごくきれいだ。 釣果も期待できそうで、思わずニヤリとする。 ハッと気付いてわきをみると、都筑さんも「秀」さんも、にやりにやり。 いい年こいたおじさん達が、ニヤニヤと竿を振っている図はユーモラスではあるが、ちと怖い....かも。

時折降る雨もかえってすがすがしく気持ちよく竿を振る。 振る、振る、振る、振る、まだ振る、もっと振る、はぁ はぁ くたびれた。 なのに、あたりは....ない。 ふと先を見ると、都筑さんが手招きしている。

「PLAさん、あそこ絶好のポイントだからやってみなさい」と、いかにも魚のいそうなポイントを指す。 「おお、こりゃありがたい」 私はいい気に竿を振る、1回、2回、どうも思ったところに毛鉤が落ちない。 なんたって、テンカラは今日で3回目だし、しょうがないよね。 3投目を振り込もうとして、ついに、木に引っかけてしまった。

「こういうところはね、跪くくらいに体勢を低くして振り込むんですよ」
私が木からラインをはずしている間に、都筑さんが見本の1振り。

おっ、と思った刹那、岩魚がスッと寄ってきて、次の瞬間には魚が1匹水面から引き抜かれていた。
「あわわ 釣っちゃったの? うっそ〜」 見れば8寸ほどのイワナである。 うう、くやしい! 私が釣るはずだったイワナ....。 とは言え、脱帽ものであることはたしかだ。いやいや参った。

そんなやり取りを演じながら釣り上がること30分、都筑さんがもう1匹を追加したあたりから、遠くで再び雷鳴が聞こえ出した。なんかいやな予感。

程なく雨は本降りに。 我々が、遠ざかったと思っていた雷雲は、事もあろうか我々を追いかけて来ていたのだった。 仕方なく三人は渓の中、木の枝が張りだしたところで様子を見るための雨宿り。

「すぐに止むでしょう」のんきなことを言っているこの三人は、その時全県下に大雨洪水警報が出され、すぐ近くの町で停電が発生し、落雷による人身事故まで起きていることなど知る由もなく、のんきに煙草をふかしていたのだった。

雨は最高潮の土砂降りになってきた。 すぐ耳元で雷鳴が轟き、腹の底から振動が響いてくる。 降りしきる雨で、みんなの煙草もすぐにびしょびしょになってしまう始末。

煙草を2本吸い、3本目も吸い終わろうとしているのに、雨はいっこうに止みそうにない。 15分、20分。 時間だけが過ぎていく。でも、不思議なことに、だ〜れもこの状況に対してネガティブな事を言わない。むしろ楽しんでいる風情。 おそるべし、か、それとも単なるオバカさんなのか。(今にして思えば、カミナリの中でこんなことしてるなんて、おバカ以外の何ものでもないよねぇ)

しかし、ついに30分後、川にも少しづつ濁りが入ってきた。この風流を楽しむにも限界が来たようだ。 増水する前に撤退することにして、納竿。   


山道へ出て、車に戻る途中、やっと雨が上がったが、道の端では泥水が滔々と流れている。 これじゃ川も濁る訳だ。 ところが、ふと、橋の上から別の沢を見るとほとんど濁っていない!

よし、お昼を食べながらその沢が完全に澄むのを待つことにして、午後はその沢に入ろう、ということに即決定。 そうと決まれば行動は早い。 喜々として車に戻り昼食の準備にかかったのは言うまでもないことである。

遠くで、まだ雷鳴が鳴っているものの、木々の間からは雨上がりを待っていたかのように郭公の声が聞こえだしてきていた。

釣りに行ったら、お昼は素麺。なぜかこれはよくあるパターン。都筑さんと行ったときも、「秀」さんと行ったときも、二人とも何故か素麺を持っきており、釣り人は素麺を持って入 渓すべし、なんていう決まりでもあるのかと思うほどである。しかし、そうめんを煮て、それを冷やせるほどにきれいな渓にしか行かないという我々のこだわりの証拠でもある。

今回は私が素麺を持参。早速、昼の宴の設営に取りかかる三人。「まずは、雨が降っても良いようにタープでも張っておきますか」 三人でポールを立てたり張綱を張ったり、そんなことをしている間に、また、再び雨がポツリポツリ。

タープを張って、イスとテーブルを出して、「秀」さんが素麺の準備、私が紅茶を沸かして都筑さんは沢の偵察。 戻ってきて言うには「水色はOK、午後からは爆釣!」 よっしゃ、そうこなくっちゃ! みんな期待に胸が高鳴りだす。

ところが.....、  いつしか雨は またまた土砂降りに逆戻り。 ザー ザー

ま、とは言え、雨だろうが何だろうが、外でメシを喰うのが好きでたまらない連中ばかりだから、わいわいがやがや、修学旅行の中学生みたいにデジタルカメラで記念写真を撮ったりして、みんな雨の中で喜々としている。

湯を沸かしそうめんを茹で、水で洗って、さあ、できあがり。ズズ、ズズー、ズルズル。

さて、夢中で素麺をすすっていたので何故そんな話になったのか.........。

知らぬ間に「我が会は釣りを目的とせず、素麺を食べることを第一の目的とする」という大胆不敵な定款が出来上がっていた。

「釣りはその副次的活動としてやるのだ」「ボウズでもなんでも、素麺が喰えればいいのだ」などなど、なかばやけくそというか、負け惜しみいっぱいとしか言いようのない無茶苦茶な意見が出され、今回の釣行が記念すべき第1回目の例会として、全会一致で認定されたのである。

そんなアホな話をしながら、素麺とおにぎりを平らげ、食後の一服をしてほぼ1時間経過、でも雨は一向に止みそうもない。この土砂降りの中でタープを張って飯を喰っているなんて、他人が見たら絶対変な奴(いや、胡散臭い奴)だと見られるに違いない。 なんと言っても本人たちがそれを一番自覚しているのだからして。(^^; 

でも、幸い、ここは山の中、「この土砂降りだったら、まともな人はこんな処までぜったい来ないよな」などと自分たちを棚に上げて、誰にも見られないことをいいことに、もう少しこのまま雨の様子を見ることに決した。

いつしか、都筑さんと「秀」さんはテンカラ談義。 私は、昨夜ウィンブルドンの試合をBSで見てから寝たのが午前1時、しかも起床が3時半で、完全な睡眠不足のために二人の話を聞きながら知らぬ間に白河夜船とあいなった。

ザーーーーーーーッ  ふと気づけば、バケツを返したような雨はなおも降り続いている。 容赦のない土砂降りである。 昼食を終えてから更に1時間過ぎていた。 しかし雨は一向に止む気配はない。


これでは、さすがにさっきの澄んでいた沢にも濁りが入ってきた。

しょうがない。 ついに撤収を決意。

われわれの会はあくまで素麺を食べることが目的なのだから、竿を出せなくてもなーんにも悔しくないもんね〜。 

なーんて強がりを言ってはみるものの、雨の中で後かたづけするみんなの背中が心なしか淋しく見えるのは、気のせいではないかもね。

午後2時半、雨の沢をあとに家路につく。 どこまで行っても雨と雷。 ようやく三人は、今日の雷雨のすごさに気がつき始めた様子。何故か帰りの車中はみんな無口。 午後4時 寒河江着。

みんな、今日一日ご苦労様。 これに懲りずに又行きたいね。  もちろん素麺を食べに。




以上が、そうめにすと倶楽部の記念すべき第1回目の釣行記録です。雨に祟られまったく釣りにならずに戻ってくるなんて言うのはいかにも「そうめにすと」らしい釣行でしたが、今でも昨日のことのように思い出せます。

ところで、この時点ではまだそうめんという名称はできていませんでした。 この釣行の10日後、私が、東北OLM2を企画するための打ち合わせ用にNIFTYーserveにホームパーティ(小さなプライベート会議室)を開きました。 

その際、会議室の名称を何にしようか迷いましたが、暫定的な会議室だし、深く考えもせず、適当に「そうめん」という名前をつけたのでした。

これが「そうめん」という名称の始まりです。

スタートした時点では私と都筑さんと「秀」さんの三人だけのメンバーでした。 9月の東北OLM2が終了したらホームパーティ(会議室)も閉じる予定でしたが、その9月になった頃にはメンバーもだいぶ増え、今の倶楽部の原点とも言える古参メンバーが出入りし、毎日の書き込み数も飛躍的に増えて立派な会議室になっておりました。

ありがたいことに、そのメンバーの皆さんから閉鎖を惜しむ声があがり、そのまま「そうめん」ホームパーティは存続することになり、その後、メンバーも更に増えて20数名となり、書き込みも増えたため、ホームパーティから、容量の大きな有料会議室であるパティオに移行し組織を大きくしてきました。

そのころは単に「そうめん」とか「そうめん軍団」とか呼ばれていましたが、その後、対外的イメージを考え「そうめにすと倶楽部」という名前に改正、現在に至っています。 

現在はその原点であったパソコン通信(nifty-serve)も無くなってしまい、皆、インターネットに移行していますが、それでもその絆は解けることなく、益々活発に活動を行っています。

ちなみに「そうめにすと」とは我が倶楽部メンバーR氏による新造語で、「そうめんが煮られるくらいに清冽な渓流と渓魚を愛し守る人」という意味を込めています。

どうぞ今後とも、「そうめにすと倶楽部」をよろしくご贔屓くださいませ。

                          そうめにすと倶楽部   池田郁楓(PLA)



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