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無責任的野営論

VOL.13 焚き火の話

焚き火
私は焚き火が大好きです。暗闇の中での焚火は、どんなご馳走にも勝ります。心の芯まで暖めてくれます。それに闇を照らす炎は時として神聖で荘厳な雰囲気を醸し出しますし。

しかし必要以上の大きな焚火は慎まなければなりません。たかかが焚火、されど焚火。自然へのインパクトは最低限にしなければなりません。
あまり大きな炎ですと、焚火の回りだけが明るくなって、その反作用で周囲の闇が異様に深くなってしまいます。臆病者の私はこれが結構怖かったりします。

焚火は小さい薪から炎を作り出すのは当然ですが、いつまでも小さい焚き木だけをくべていたら、いくら薪を探してきても追いつきません。火がついたら出来るだけ早く太い薪に火が移るよう努めるのは当たり前です。 その場合できるだけ堅い木を使うと、燃え移るまでは時間がかかりますが、一度火がつけば火力が長持ちします。

火を焚き付けるとき適当な薪が見あたらない場合は新聞紙を棒状に固く絞り、これを薪代わりにします。こうすると薪と同じくらいに火力が長持ちます。

杉や松などの針葉樹は油分を含んでいますので、一瞬ではありますが強い火力を得ることが出来ます。こういったいろんな素材を使って、炎を眺めているのは本当に楽しいものです。私はこの焚き火ができないのであれば、もう二度と野営をしようなどという気は起きないかも知れません。それだけ、野営と焚き火は密接な関係があります。

            大きめの石を3個コの字に置いてカマドを作るとお湯を沸かしたり調理をしたりするのに便利ですが、風上に火口が来るようにセットするのが常識。
また、調理の仕方によって焚き火の炎を変えるようにします。お湯を沸かしたり、煮たり、ご飯を炊いたりするときは、炎のあがる燃えやすいものを使って焚き火をします。
逆に焼いたり炒めたりするときは堅めの木を燃やして熾き火を作ってそれを利用した方がうまくできます。いわゆる遠赤外線。

焚き火の時に役立つのは団扇です。私のリュックの中にも常に団扇が入っています。 軽くて荷物にもならない上に、いろんな場面で大いに役に立ちます。ぜひお奬めします。

焚火は、寝るとき完全に消火せず熾き火の状態でとっておきますと、朝、すぐに火をおこす事が出来ます。

夕食

焚き火での塩焼きは最高
さて、野外での焚き火の是非については賛否両論いろんな意見があります。
私としては焚き火大好き人間です。ただし、「過ぎたるは及ばざるが如し」 気分にまかせて盛大に焚き火を「やり過ぎる」のはもってのほかです。 かといって、「絶対禁止」にしてしまうほど、「規制し過ぎる」のもどうかと思います。要はその人の意識の問題かも知れません。

世の中は権利と義務で成り立っています。 焚き火をする権利を主張するなら、自然にローインパクトな焚き火を心がけ、そしてその後始末をきちんと行う義務を果たさなければなりません。 焚き火をする場合はそのことを絶対忘れてはなりません。

火は決して大きく焚かないこと。いずれにしても焚き火をした地面の微生物に影響が出ることは否定できません。ですから、できることならその範囲を小さくするよう心がける義務があります。 それに燃え残しをなるべく作らないこと。熾き火は一晩かけてすべて灰にするようにします。出立する時は完全に火が消えているかを確認してから、穴を掘りその中へ灰を入れます そして穴を戻し焚き火の痕跡を目立たないようにしなければなりません。

もちろんゴミは持ち帰り。ゴミを放置していくバカは焚き火どころか、渓流に来る資格はありません。


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