「愉月記」![]()
友と酒と茶とイワナ三昧・・・・・・・・・電脳茶事記です![]()
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とある山麓、人里離れた沢のほとりに、侘びた草庵がひとつ。 あたりから聞こえるのは、鳥のさえずり、虫の羽音、蝉の声。 渡る風も涼やかに、沢のせせらぎがさわさわと流れてまいります。木々の緑は鮮やかに光り輝き、太い根から水を力強く吸上げるがごとく大地に腰を据えており、そしてその下草は涼風に撫でられ一斉に頭を揺らしています。 あぁ、そこに流れるのはなんとも贅沢な時間だけ。 やがて夏の長い陽も西に傾きかけた頃、一人の友がこの庵の主(あるじ)を尋ねてきます。今宵はこの友を迎えて月下の茶事。 夜咄の季節でもなく気軽な一服の茶事です。 案内を請うでもなく土間に入ってみれば、飯が沸々と炊きあがるにおいが漂うだけであるじの気配はありません。おそらく裏の小さな畑へ葉物でも採りに行ってるのでしょう。ただ、たたきには冷水の入った盥と手ぬぐいが揃えてあるだけです。友は山道を徒し汗と埃に汚れた足を清めながら、あるじの心遣いに感謝をします。 田舎草庵ゆえ、寄り付きというほどのものはなく、友は草庵の裏手にまわり縁側に腰をおろし、煙草入れからキセルを取出し一服つけます。フーッと細く煙を吐出しながら、キセルの雁首を灰吹にコンと打付けた瞬間、それを合図にしたように木に止っていた小鳥が飛出して行きます。 気づけば先ほどまで西日が木々の長い影を森の中にあやなしていたのに、もうあたりはうっすらと闇が包み込もうとしております。今宵の約束は日没。友は、そのまま黙って、奥の茶室に入っていきます。 そこは二畳台目のごく小さな空間。今宵の舞台となる場所です。床には「掬水月在手」 短檠の灯心がほのかに室の中を照らし、いつのまにか昇った月は木の影を下地窓の障子にうつしています。 友が一心地ついた頃、あるじが挨拶に出て、ここではじめてあるじと友は言葉を交わし、あるじは遠路の運びを謝し、友はあるじの労をねぎらいます。 やがて、懐石膳に一汁三菜、あるじの心尽くしの酒肴が運ばれて参ります。 向付には鯉のあらい梅肉仕立て、煮物は里芋に柏肉の炊き合わせ、焼物には今日あるじ自らが釣り上げたの岩魚の塩焼きが並びます。汁はジュンサイに柚を散らして赤味噌仕立て、強肴はカラリと焼いた鮎の一夜干し。 あるじも自分の膳を持ち出して、一献一献、又一献。 月は更に天空を登り、釣り仲間でもある、あるじと友は、釣り落とした尺上の岩魚や沢の様子の話に興じ、楽しい語らいの刻が過ぎます。 やがて膳も下げられ、あるじは風炉の炭を簡単につぎ足してから、冷たくひやした葛切りに黒蜜をかけて、お菓子代わりに饗します。友はそれをいただいてから一旦、室をでて、縁側でまた一服。その煙は闇を漂い、まるで裏山の漆黒のに空間に吸込まれていくようです。 さて、あるじはその間に、床の軸を巻き上げ、席を改めます。 今宵は夏分にて夜咄の茶事ではありませんが、夜分ゆえ花は略すことにして、かわりに下地窓の障子を取り外すことにします。瞬間、斜めに銀色の月光が走り、畳に窓の形が描き出されました。 木鐸の音が響きわたり、あるじが席の改まった事を知らせると、客である友は再び茶室へ。聞こえるのは灯心の燃えるジジジという音、釜の煮える松頼、そして沢の音、遠くでは蛙の大合唱。 先ほどとはうって変わって、厳粛な刻が流れ、あるじは丹誠を込めて濃茶を練ります。その手を見守るのは友、そして、窓から天の月もこの席をのぞいているようです。出された茶碗を手に取れば、抹茶の芳醇な香りが友の鼻をくすぐり、程良く練られた茶を三口に分けてゆっくりと味わうと、香味重厚にして清涼、深い味わいが口に広がります。 あるじが加減の不服を詫び、友はもてなしに感謝します。お茶碗は白釉の萩、銘は「満々」、茶入れは高取、処々に黄白の釉が飛んで「萬星」と名付けられたもの、茶杓はあるじ自らが削ったものです。 本来であればここで、煙草盆、座布団を出してくつろいでもらうところですが、夜分のことゆえ、続けてお薄を差し上げることにします。 お薄茶の席は一転、和気あいあい、先ほどの釣り談義の続きで盛り上がります。茶碗はあるじの手捻りの楽茶碗、薄器は裏山のブナの木に巻きついた蔦の幹をくり抜き漆を拭いただけの金輪寺。 友が服み、あるじが服み、友が更にまたもう一服を所望して...いつしか月は中空を過ぎ、夜も更けようとして参りました。 あるじが帰るなかれと願っても、まどいの果てる時間が近づいてきます。 やがて、友はあるじとふたたび釣行することを堅く約し、今宵のもてなしに心からの礼を述べて、室を辞します。 あるじは躙口に座し、友の姿が月明かりの向うへ消えるまで、ずっとお見送りをします。 そして静かに戸が閉められ....後に残るは木々を照らす月明かりのみ...。 こうして今宵もまた静かに夜が更けて行くのです。 酔狂子 郁楓 記 |

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