テンカラ講座番外編

テンカラ雑記帳


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周辺視

ここ数年視力が落ちて、特に近いものが見えなくて老眼鏡が手放せなくなりました。いやー、毛鉤のアイにハリスを通すのがツライ(^^;;
幸いにも数メートル先を見る視力はそれほど落ちていないので助かりますが、それでも数メートル先を見るのもやはり少し以前よりぼやける。

こんなワタシですが、近年になって逆に毛鉤に渓魚が出るのがよく見えるようになってきたのを感じて、自分でも不思議に思っておりました。

毛鉤を振り込んで...自然に流して...、ポイントの上を毛鉤が通過して...。 渓魚は出てこなかったが、今、ポイント近くの底の方でかすかにゆらっと反応があった...とか、ちょっと出かかったのに戻っていってしまった...毛鉤を見破られたかな?...とか。
今の自分だから気がついたけど、昔の自分だったら....気がつかないよなぁ...というようなほんのかすかな反応が、以前よりも見えるようになったという自覚があるんですよ。

不思議だなあ...とは思ったものの特に理由を考えたりもしなかったんですけどね(^^)  最近その理由がわかりました。

毛鉤を見るときは<周辺視>が大切だと云われています。
つまり毛鉤を見る時には、毛鉤の一点だけを集中視するのではなく、毛鉤を中心に見据えながらも、あえて毛鉤の周辺数十pの範囲をぼんやりと?捉えるのが大切だというもので範囲の広さ等程度の差はあれどもある程度経験を積んだ方は例外なく出来ている事なのですが..。(物の本によると周辺視の方が動きを捉えるのに適しているんだそうですね)

ワタシも毛鉤をじいっと集中視するだけではなく、いつの間にかある程度の水深に焦点をあわせた状態での<周辺視>が出来るようになったとでもいうか。 あるいは、すり鉢状にとでもいいましょうか...、少しだけ立体的にも<周辺視>が広がってきたようなのです。

何と表現したらいいのかちょっと迷うんですが、毛鉤を中心に据えてその周りを周辺視するのではなく、毛鉤の下(水面下数p)を中心に据えてその周りを周辺視する癖が出来上がって来た...とでも云うんだろうか?
それとも、単純に<周辺視>の範囲が以前よりも広がったのかな?

水面近くまで出てきて毛鉤を見切られたのと違って、そういうやや深い場所でかすかな反応があったというような場合には、流す毛鉤の深さや筋や早さを工夫すると再度飛び出してくる場合が多いんですよね〜〜〜(^^)v
しかも、こちらが渓魚の潜んでいる場所がわかっているのに相手には違和感をもたれていないとなると、これはもうわくわく気分(^^)

例えそれが釣果に直接的にはつながらないとしても、渓魚がそこにいる!かすかに反応があったぞ!...というのがわかるだけでもなんか嬉しくなるというか..「おお、いたな!」と安心できるというか..実にいいものです。

ちょっとした違いなんですが...何となく面白くて嬉しくなっているこの頃なんです(^^)v

(2005.4.18)

                                       

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